園のたより(2020年度)

<2020年度>卒園文集
光り輝く未来に向けて
2021年3月19日

 みなさんが年長として過ごしてきた2020年度は、新型コロナウイルスの影響で特別な1年になりました。4月と5月は臨時休園。6月に幼稚園が始まった後も、学年ごとに登園したり時差登園をしたり。そして、毎日登園できるようになった後も、毎年行っていた行事が、今まで通りには実施できない日が続いてきました。

 楽しみにしていた夏の「お泊り保育」。ウイルスの感染が心配だから、お泊りするのは難しいけれど、年長のみなさんに楽しい思い出を作ってもらおうと、先生たちは知恵を絞って「わく♡ドキ☆サマーDay」を準備しました。

 秋の「運動会」も感染対策をしながら、学年ごとに「エンジョイスポーツDay」と形を変えて実施しました。組体操の替わりに集団演技をし、チャレンジサーキットを新たに取り入れてマットや跳び箱、平均台などの演技を見ていただきました。最後の種目のリレーは例年通り実施することができ、今年も一番盛り上がる競技になりましたね。

 また12月の「クリスマス会」は、学年ごとの「クリスマスのおくりもの」とし、年長さんは例年と同じように聖劇を演じました。ステージの上で一緒に歌うことはできなかったけれど、一人ひとりせりふを言いながら演技する様子を、お家の方に見ていただくことができました。マスクのケースを準備し、マスクをつけたり外したりするのは、今年の特別な思い出として残ることでしょうね。

 このように今まで通りとはいかないものの、何ができるか、どうすればできるかと先生たちも知恵を出しながらの1年間でした。

 4月からみなさんが進む小学校では、今、学びの姿が変わろうとしています。黒板の前に先生が立ち、先生の質問にみんなが「はい!」と言って答える授業から、自分たちで意見を出し合いながら問題を解決していく学び方になったり、プログラミングを学んだりと、みなさんのお父さんやお母さんが小学生だったころとは大きく変化しています。

 これからの学び方で大切なのは「自分から進んで課題に取り組むことや、自分の考えをしっかりと持つこと」です。

 みなさんは天使幼稚園でモンテッソーリ教育を体験してきました。朝、幼稚園に来たら、たくさんのおしごとの中から、紙テープを編んでバッグを作ることや、大きな日本地図を仕上げること、靴磨きをすることなど、自分でおしごとを選び熱心に取り組んできました。小学校に入ったら自分の好きなことだけというわけにはいかないけれど、学年・教科ごとに準備された課題に、幼稚園の時と同じように、自分から進んで取り組み、自分の力で課題を解決することが求められています。さらに、一人ひとりが知恵を出し、お友だちと話し合い、協力しながら良い解決方法を見つけていくことも大切にされています。

 この1年間、新型コロナウイルスのためいろいろなことが「今まで通り」ではなくなりました。でも、みなさんが大人になる頃には、さらに大きく世の中が変わっていることでしょう。その中で、一人ひとりが自分ならではの力を発揮し、みんなと協力しながら、新しいものや方法を創造していくことを通して、「今まで」を乗り越え、もっともっと良い時代を生み出すことができるのです。

 みなさんが大きくなってからも、時々この「おもいで」を読み返してみてください。幼稚園時代の純粋な自分の思いや、一人ひとり知恵を出して新しい時代を作ってくださいという園長先生からのメッセージを味わいながら、その時その時、新たな気持ちで次の一歩を踏み出し続けてほしいと願っています。

    未来のみなさんがキラキラと光り輝いていますように。

                       (園長 鬼木 昌之)
<2020年度>春休み号
コミュニケーション能力
2021年3月18日
 下の表は、経団連が毎年実施している「新卒採用に関するアンケート=選考にあたって特に重視した点」のベスト5です。
1位    コミュニケーション能力    82.4%
2位    主体性    64.3%
3位    チャレンジ精神    48.9%
4位    協調性    47.0%
5位    誠実性    43.4%
 1位に挙げられているコミュニケーション能力は、他の項目より一段高く、さらに2004年からずっとトップを続けてきています。

 わたしたちの生活は、常に多くの人々とのつながりによって成り立っています。家族や友だちという小さな集まり、学校や職場のように毎日共に過ごす人々、また近所や地域という集団。それだけではなく、ICT(Information and Communication Technology=情報通信技術)を活用すると、日本中、世界中の人々と交わることが可能な時代になりました。今まで以上に多様な文化、思想、思いが交わるこれからの社会において、それぞれの考えや思いを伝え理解を深め合うコミュニケーション能力の高さが、さらに求められる時代になっています。

 コミュニケーション能力というと、外国語が堪能であるとか、高いプレゼンテーション能力があり、自分の意見をしっかりと伝えることができるというところに視点が行きがちです。しかし、その土台となるのは、相手の考えや思いをいかに上手に聴くことができるかという点です。上手なコミュニケーションは、キャッチボールのように、ことばをやり取りしながら、より良い考えや解決策を見つけ出す手段となるものです。互いの会話の中で、自分の主張ばかりを強引に押し付けるようでは、ことばのキャッチボールはうまくいかず、会話のボールはどこかに飛んで行ってしまいます。相手のことばをボールのようにしっかりと受け止め、相手が取りやすいボールを投げるように、相手が理解できるようにことばを返していく。その繰り返しによって、互いに高まっていくことができるようにすることが上手なコミュニケーションとなるものです。

 今、日本の学校教育はアクティブラーニング等を取り入れ、子どもたちが主体的に学ぶことを大切にする方向に大きく転換しています。アクティブラーニングには、発見学習や問題解決学習、体験学習、調査学習等があり、また、教室内でのグループ・ディスカッションやディベート、グループ・ワーク等も有効なアクティブラーニングの方法とされています。この学習の場で重要なものが、コミュニケーション能力です。一人ひとりが知恵を出し、みんなで話し合いをしながら、より良い解決法を見つけ出していく過程を通して、子どもたちの力を伸ばす学びにつなげていこうとしています。

 今、幼稚園で育ちゆく子どもたちにも、コミュニケーション能力を伸ばす土台を作ることが求められています。

 コミュニケーション能力の高い人は、小さいうちから親の影響を強く受けているという研究があります。(伸芽会)それによるとコミュニケーション能力が高い人は、幼少期に「挨拶」「子どもの話をよく聞く」「子どもの話に共感する」という3つを特に意識して行っていたとのことでした。「コミュニケーション能力を伸ばそう!」と大きく構えなくても、日常生活の中、これらを意識することを通して子どもの力を伸ばしていくことができるもの。1月号で紹介した「自分の荷物は自分で持とう」等と共に、日々の小さな取り組みを通して、子どもたちを導いていただければと願っています。
                       (園長 鬼木 昌之)
<2020年度>3月号
日々の生活の中から
2021年2月19日
 もうすぐ3月。子どもたちも日々成長し、いろいろなことができるようになっています。

 外遊びの時間、園庭に出ると「えんちょうせんせい きて。」と、あちらこちらから誘われます。クライミングウォールの一番上まで登り天井にタッチする様子を見せてくれたり、逆上がりを見せてくれたり、雲梯の棒を2つずつ飛ばして渡る様子を見せてくれたり。3学期になると、できる技のレベルもずいぶん上がっています。

 遊んでいる時、年少さんが転んでしまいました。そこに年長のお友だちがさっと近づき「せんせいの ところに いこうか?」優しく手をつなぎ、クラスの先生のところまで連れて行ってくれました。小さなお友だちのお世話も、とってもよくできるようになっています。

 あやとりの紐でほうきやゴムを上手に作っていた年長さん。「みんながしている、あやとりは できないの。」そこで、あやとりのしかたを教えてあげると、1週間もしないうちにすいすいとできるように!「これ(たんぼ)は、したから とらないで。つづみになると にがてだから」。以前からあやとりができていたお友だちがそう言うと、「あのね、つづみは、ここからこう ゆびをいれて…。」と、教えてあげるまでになっていました。子どもたちの上達の早さはすごいものです。

 はさみで円をきれいに切っていた年少さんに「すごい。上手に切ることができたね。」と話しかけると、「だって、もう4さいだから。」と。周りにいた子どもたちも「ぼく5さい」「わたし4さい」……。子どもたちは、年齢が上がるにつれてできることが増えていく喜びを、自分の年齢を教えることで伝えてくれます。

 「せんせい、あのね。ママが だれにも いったらだめって いってたよ。」と言って、ひ・み・つをしっかりと教えてくれるお友だち。なんでも正直に言いましょうという教えをしっかりと守ってくれていますよ。でも、おうちの人に内緒で作った母の日などのプレゼントも、しっかり伝わっていることでしょうね。

 お食事の用意をしているクラスを訪ねた時、「園長先生がいらっしゃったから、だれが上手に準備できるか見ていただきましょう。」と担任の先生が声をかけると、瞬く間に準備ができました。なかなか片づけなどに取り掛からない時も「それでは何秒でできるかな。1…2…3…」と数え始めると、ものの数秒でやりとげることも! やる気スイッチさえ入れば、どんなこともあっという間にできるものです。

 「これがはやぶさで、これはこまち、これはさくらで、黄色いのはドクターイエローだよ。」「あのね、これはラプンツェルでこれはジャスミン、こっちはシンデレラ。」自分が好きな列車やキャラクターなどの名前をいっぱい知っている子どもたち。「えんちょうせんせい、トリケラトプスと ティラノサウルスと ブラキオサウルスの どれが すき。」「?????」子どもたちの知識には、ついていくことができません。

 「ねえママ。」先生にそう呼びかけ、間違いに気づいて恥ずかしそうにしているお友だち。一緒に遊んでいると、稀に間違えて呼んでくれることも。ママと同じくらい信頼してくれたのだなあと嬉しく感じる瞬間です。

 こうして、日々子どもたちから、いっぱいいっぱい、いやしとパワーをもらっています。

                          (園長 鬼木 昌之)
<2020年度>2月号
文明の利器 
2021年1月25日
 猿人から原人、そしてホモ・サピエンスと進化した人類は、アフリカから世界中に広がっていきました。その進化の中で、火を操り、石器を用い、更には土器を作って食物を蓄えることを覚えました。こうして人類は狩猟生活から農耕生活へと移行し、繁栄の基礎を築いていきました。

 触れるとやけどをし、森を焼き尽くす火は、太古の人類にとっては恐ろしいものでした。しかし、その火を上手に利用することによって、調理をしたり、暗い夜、辺りを照らしてくれたりする便利なものとなりました。石を割ってできる鋭い割れ目を利用すると、物を切る包丁になったり、狩りをするときの槍先になったり、木を切る斧になったりと、さらに暮らしを豊かにする道具となりました。やがて農耕を覚えると、移動しながら獲物を追う生活から、同じところに定住して暮らしを安定させることができるようになりました。そこには採集した物を蓄えたり煮炊きしたりする土器が欠かせないものとなりました。

 現代に生きる私たちからみると、まだまだ使いにくいと思えるものだけれど、その時代その時代、当時としては斬新な「文明の利器」を利用することによって文明が発達してきました。

 さらに、青銅器や鉄を作り出した人類は、近代に入ると蒸気機関を発明したり、電気の力で物を動かしたりと「文明の利器」も大掛かり、あるいは込み入ったものになってきました。

 そして現代の「文明の利器」はというと、スマートフォンを含むデジタル機器が挙げられます。未来の技術とされていたテレビ電話(会議)も、普通の家庭でもできるようになりました。スマートフォンを利用すれば現金を持っていなくても支払いをすることができ、さらにその位置情報を利用すれば迷子になった子どもがどこにいるかも探すことが可能です。また心拍数や血糖値を測り、健康管理に役立てる技術も開発されています。太古の時代に比べると、はるかに複雑で高度化してきた「文明の利器」。これをさらに発展させるためには、現代そして未来を生きる人々の知恵と技術の向上が欠かせないものとなっています。

 新しい時代に向けて、2020年度から小学校でも「プログラミング教育」が始まりました。プログラミングというと、プログラミング言語を用いてプログラムを作成するというイメージですが、実際は、それだけではなく、プログラミングの考え方に触れ「プログラミング的思考」を育成することが核となっています。

 「プログラミング的思考」というのは、試行錯誤を繰り返しながら課題を解決する論理的な思考力です。具体的な学習例として、正三角形を書くときの操作を「①一本の直線を5cm引く ②左端から120度右上に5cmの線を引く ③新しく引いた線の上から右下120度に5cmの線を引く」このように分析することや、都道府県の特徴を表したいくつかのブロック(「九州地方」「さつまいも」「隣り合う県の数は2」など)を組み合わせてその県はどこかを探すことなどが取り上げられています。この他の取り組みも「順序立てて考え、試行錯誤し、ものごとを解決する力」を育てることができるように、教科を超えて取り組むことになっています。

 このような学びが、いかに多くのことを覚えているかという「知識の量」から、いかに学んだことを活用できるかという「知識の質」への転換にもつながっているのです。

 新しい「文明の利器」は、だれかが発明してくれてその恩恵に与ろうという受け身の姿勢でいるのではなく、ぼくが! わたしが! 自ら創り出していく。その力を結集して新たな「文明の利器」を生み出し、人類の進歩に役立ていこうという思いを、こらから育ちゆく子どもたち一人ひとりが持ち、すばらしい未来を拓いてほしいと願っています。
                         (園長 鬼木 昌之)
<2020年度>1月号
締めくくりの3学期 
2021年1月8日
  あけましておめでとうございます

 コロナウイルス感染が拡大する中、1年間の締めくくりの3学期を迎えることになりました。異常気象や国家間の対立、不安定な経済、日本の子どもの貧困率の増加や教育格差問題などに加え、コロナウイルスの蔓延(まんえん)によって、ますます「先行きが不透明な時代」が現実のものになってきました。今までの経験だけでは解決できず、互いに協力し知恵を出し合って解決することが求められる時代が訪れています。

 今週の水曜日「知恵泉」という番組を見ていたら、田原総一朗さんが「かつて、宮澤喜一総理(在任1991年11月~1993年8月)が『日本人は海外の人と議論することが不得手だと言われているが、それは英語が苦手ということだけでなく、日本の教育に問題がある。』と言っていた。その理由として『日本では正解がある問題しか出さず、その答えがあっているかどうかが問われるが、海外では正解のない問題をどう解決するかが問われている。』と続けた。」と話されていました。その後、日本の教育は「ゆとり教育(1980年開始・1992年生活科スタート・2002年3割削減実施)」「脱ゆとり教育(2011年実施)」と揺れ続けてきました。そして、宮沢総理の指摘から30年近く経ち、日本の教育はようやく「正解のある問いから正解のない問い」への転換が図られるようになってきています。

 今年の冬休み、アメリカでモンテッソーリ教育やレッジョ・エミリア教育(イタリアのレッジョ・エミリア発祥。 個々の意思を大切にしながら、子どもの表現力やコミュニケーション能力、探究心、考える力などを養うのを目的としている)を取り入れた、そら幼稚園を設立した中内玲子さんの著書「シリコンバレー式 世界一の子育て」(フローラル出版:2020年10月19日初版)を手にしました。そこには、これからの時代に身につけるべき力として「自己肯定感を持つ」ことや「自分の軸を大切にすること」などが示され、その土台を築く幼児期に育てるべき力として「主体性」「探求心」「非認知能力と呼ばれる自尊心や忍耐力、社会的スキル、他者への思いやり」が挙げられています。

 脳科学の発達で人の脳は5歳までに90%が完成することが分かってきました。ちょうど幼稚園で過ごすこの時代の過ごし方が、その子の将来に大きな影響を与えるのです。モンテッソーリ教育の理念にも示されているように、自分がしたいことを自分で選び、心ゆくまで取り組み、できた喜びを感じ取ることで自ら伸びていくことを、周りの大人たちがいかにサポートしていけるかが問われています。

 「主体性」「探求心」子どもが興味を持てるものを数多く準備し、自ら選べる環境を整えることなど
 「自尊心」本当にがんばったことを的確にほめることができる大人の観察力など
 「忍耐力」自分のことは自分で出来る力を養うことなど
 「社会的スキル」善いこと悪いことのけじめなどを身につけさせることなど
 「他者への思いやり」他者の思いを受け止める感受性を養うことなど

これらのことを、与えるのではなく、子ども自身が自ら体験し成長していくことができるように、環境を整えることが求められています。

 ベネッセ教育情報サイトに「自分の荷物は自分で持とう」というコラムが掲載されています。「送り迎えの時、お迎えが来た途端に背負っていたカバンをポイッと保護者のかたに渡していく子ども。自分の荷物を持たないということは、自分で管理できていないということ。そうすると、カバンを忘れた時に『何で持ってきてくれなかったの?!』と保護者のかたのせいにしてしまう可能性も。」(抜粋)

 これも日常の中のさりげない子育て法です。小さいうちから自分のことは自分で出来るようにするというのは、このような小さなことからでも始められるものです。この3学期、一人ひとりの子どもたちが、先に示した力を一歩一歩伸ばしていくことができるよう、小さな取り組みから始めてみませんか。
                      (園長 鬼木 昌之)
<2020年度>冬休み号
クリスマスのおくりもの
2020年12月18日
 コロナウイルスの感染が広がる中、予防対策を講じながら開催した「クリスマスのおくりもの」。
皆様、ご協力ありがとうございました。ホールでの密を避けるため、各家庭からの参観をお一人だけにしていただき、さらにステージ上での密を避けるため、年少と年中は、出番を待つ子どもたちが狭いステージ裏に控えるのではなく、ひみつの階段を上り下りして1階の広い部屋で待機したり、年長は、ステージ上で歌うことをやめ、ホールに控えたナレーターの子どもだけがマスクを着用して歌うことにしたりと、多くの対策を練ってどうにか無事に開催することができました。

 臨時休園からスタートした今年度。例年行っているすべての行事は、今まで通りにはできないということから、今年度は一つひとつの行事のねらいを確かめ、どのよう形であればそのねらいを達成できるかを考えながら計画・準備を進めてきました。

 10月の運動会は「一人ひとりが楽しく運動に取り組みながら、自分の力を伸ばすこと。子どもたちの運動面での成長を、お家の方に見ていただくこと。」に焦点を絞り、名称も「エンジョイスポーツDay~キラキラ えがおで たのしもう~」に変更して実施しました。12月のクリスマス会も「神さまから与えていただいた一人ひとりの力を、神さまや見に来てくださった方のために使うこと。救い主イエスさまのご降誕を共にお祝いすること。」に絞って、名称も「クリスマスのおくりもの~みんなでこころをあわせて~」として準備を進めてきました。感染予防対策を講じる必要はあったものの、それぞれの行事の原点に戻り、さらに新しい試みを取り入れることができるなど、これはこれで良い面も数多く感じることができました。

 クリスマスの原点は、神さまが救い主イエスさまを私たちのために贈ってくださったことです。

「神は独(ひと)り子を世にお遣(つか)わしになりました。
その方によって、わたしたちが生きるようになるためです。
ここに、神の愛がわたしたちの内に示されました。
わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、
わたしたちの罪を償(つぐな)ういけにえとして、
御子(みこ)をお遣わしになりました。ここに愛があります。」(ヨハネの手紙一4章9~10)

 アダムとエバのお話にあるように、神さまから造られた人々は、神さまを裏切っていろいろと悪いことに手を出してしまいました。現代社会でも人々の身勝手な行動や、思いやりのない行動などが多く見られます。それでも人々を愛してくださっている神さまは、人々よりも先に“善いもの”をプレゼントしてくださいました。その“善いもの”を通して、人々が幸せになってほしいとの願いが込められているのです。

 この聖書の言葉は次のように続きます。

「愛する者たち、神がこのようにわたしたちを愛されたのですから、
わたしたちも互いに愛し合うべきです。」(ヨハネの手紙一4章11)

 「クリスマスのおくりもの~みんなでこころをあわせて~」。小さな子どもたちも、サンタクロースからのプレゼントを待つだけではなく、誰かのために自分ができるプレゼントを贈る。そのようなクリスマスにできると良いですね。
                      (園長 鬼木 昌之)
<2020年度>12月号
AI ・ Big data ・ Computer
2020年11月24日
 今年の6月、理化学研究所と富士通が共同で開発したSuper Computer(スーパーコンピューター)「富岳(ふがく)」の計算速度が世界一になりました。その速度は1秒間に41.5京回。それまで世界一だったアメリカの「サミット」の約3倍、10年前に開発された日本の「京(けい)」の約40倍にもなるそうです。この1秒分の計算を、人が電卓を使ってするとすれば135億年かかるとのこと。人の力をはるかに超えたコンピューターの能力です。

 早速、「富岳」を使って、人の口から出た飛沫の広がり方を予測し、コロナウイルス感染予防対策に役立てていました。かつては装置を組み立てることが必要だったこのような実験を、今では計算を用いることで素早くできるようになりました。

 さらにコンピューターの処理能力の発達により、Big Data(ビッグ データ)と呼ばれる情報を収集・分析し、先を見通したり戦略を練ったりすることもできるようになりました。ビッグ データは、大容量なだけでなく、多種性・リアルタイム性があり、今回のコロナウイルス感染予防対策でも、スマートフォンの位置情報を基に、人々の動きを把握し対策に活かされました。

 またAI(エー アイ)という言葉もよく聞くようになりました。AIとはArtificial Intelligence(アーティフィシャル インテリジェンス)」の略で「人工知能」と訳されます。以前のコンピューターは人の指示に従って計算をし、結論を導き出すものでしたが、コンピューター自身が、収集した膨大なデータから規則性や特徴を繰り返し分析する「機械学習」を行うことで、“自ら学ぶ”ことができるようになりました。このような学習機能を活かして、かつては人間の方が強いとされていた将棋の世界でも、何十手も先を読むことを通して、プロの棋士を破るコンピューターが現れています。

 1990年代には、長年研究が進められてきた二足歩行ロボットの技術が大きく進歩し、2017年、歩いたり走ったりするだけではなく、宙返りをすることができるロボットも開発されました。また、まだ多少ぎこちないものの、口を動かして会話をする人型ロボットも登場しています。

 1952(昭和27)年に手塚治虫さんが生み出した鉄腕アトムは、当時から見ると半世紀後の2003年4月7日が誕生日とされました。それより少し遅れているものの、AI技術やロボット技術を組み合わせて、自ら考え行動する鉄腕アトムのような人間型ロボットが世に出る日が近づいています。

 その一方、このような技術を正しく活用できるかを心配する声も聞かれます。先日、フランシスコ教皇様は
「11月の祈りの意図」の中で「人工知能は我々が経験している画期的な変化の中心にあります。そして、ロボット工学は公益と結び付けることで、より良い世界の実現につながります。技術の進歩が不平等を増大させるのであれば、それは真の意味での進歩とはいえません。将来的な進歩は、人と創造物の尊厳を重視するような方向に向けられるべきです。ロボット工学と人工知能の進歩が常に人類のためになることを祈りましょう」
と呼びかけられました。

 かつて土木工事に役立つようにと、アルフレッド・ノーベルが発明したダイナマイトは、その後爆弾に姿を変え戦争に用いられてしまいました。また、空を飛びたいという人類の夢をかなえた飛行機も、戦争の道具として使われました。このようにそれぞれの時代の最新技術は、人々の役に立つものともなったり、害を与えるものになったりするという歴史を繰り返してきています。

   いかなるものでも、自然という造物主の手から出るときは善である。
     人間の手に渡って悪となる。(ジャン=ジャック・ルソー)

 AIより優れた知恵を持つ人間として、自ら作り出したものを善いものとして活用すること。それが神さまから善いものとして造られた人間の使命ではないでしょうか。
                      (園長 鬼木 昌之)
<2020年度>11月号
季節の行事の意味
2020年10月23日
 四季に恵まれた日本では、季節ごとに様々な行事が行われています。奇数の月と日の数が重なる1月1日はお正月、3月3日は雛祭り(上巳の節句)、5月5日は子どもの日(端午の節句)、7月7日は七夕(七夕の節句)と続きます。さらに最近はあまり話題になることはありませんが9月9日は奇数の数字の中で最も大きな数9が重なるおめでたい日、重陽の節句になっています。(この中で1月1日だけは五節句に含まれず、1月7日が人日(じんじつ)の節句になっています。)また2月の節分の日には豆をまき、夏になると盆踊りを楽しみ、土用の丑の日にはウナギを食し、11月には七五三をお祝いするといった習慣にも親しんでいます。近年は10月末のハロウィンも、ひとつの風物詩になってきました。

 天使幼稚園でも5月の母の日や6月の父の日、9月の敬老の日にはお祝いのカードを作り、2月の節分には豆まきをし、11月には七五三のお祝いもしています。

 七五三といえばお宮参りを思い浮かべますが、もともとは日本古来の風習で、数え年の3歳になると、それまで剃(そ)っていた髪を伸ばし始める「髪置(かみおき)の儀」を、男の子が5歳になると大人と同じ着物を着る「袴着(はかまぎ)の儀」を、女の子が7歳になると、着物を着るとき大人と同じように帯を締める「帯解(おびとき)の儀」をして祝ったことがその由来とされています。また、昔は今のように医学が発達しておらず、子どもが順調に成長することが難しかったので、その年齢まで成長したことに感謝し、さらに健康で長生きすることを願って七五三のお祝いをするようになったとのこと。カトリックの園でもその願いや風習を大切にし、各園で七五三を行っています。

 カトリック教会でも季節ごとの典礼が定められています。その典礼は救い主の誕生を待つ「待降節」からスタートします(今年は11月29日から)。12月25日のクリスマスからは「降誕節」といって、イエスさまがお生まれになったことに感謝する典礼が3人の博士の来訪の時(1月6日)まで続きます。その後はしばらくイエスさまの宣教の跡をたどり、復活祭を待つ「四旬節」へとつながります。「旬」は10日間を表し復活祭前の40日間が四旬節になっています。(この日数は日曜日を省いて数えるという決まりがあります)その後イエスさまの復活をたたえ感謝する「復活節」を経た後、またイエスさまの宣教の跡をたどる「年間の主日」が続きます。この他にもイエスさまやマリアさま聖人たちの特別なお祝い日と、それをもとにした特別な月を祝う習慣もあります。5月の聖母月や10月のロザリオの月には多くのカトリック園で特別な祈りの式などを行っています。

 そして11月。11月2日が亡くなった方のためにお祈りをする「死者の日」であることから、11月は「死者の月」とされています。これは日本のお盆と同じようなものだといえるでしょう。でも、お盆の日にはご先祖様が帰ってくるけれど、死者の日には亡くなった方が帰ってくるという考えはなく、亡くなったすべての方の永遠の安息を願い、祈りを捧げる日とされています。その一方、ケルト人の習慣から生まれたハロウィンでは、秋が終わり、冬が始まる10月31日は1年の終わりの日で、この夜、死者の霊が家族を訪ねてくると信じられていたそうです。そこで人々は有害な精霊や魔女から身を守るために仮面を被(かぶ)り、魔除けの焚き火をたいて過ごしていたとのこと。遠く離れた日本とヨーロッパで同じように、亡くなった方の霊が戻ってくるという考えが生まれたというのは不思議なことですね。でも日本ではご先祖様の霊を静かに迎えるのに対し、ハロウィンは災いをもたらすというところに大きな違いがあるようです。

 今猛威をふるっている新型コロナウイルスのように、人の力だけではかなわない出来事が太古から起き続け、人々はその中で人知を超えた大きな力の存在を感じ、その力を信じ祈ってきました。そして、そのあゆみが多くの行事として、私たちの暮らしの中に根付いています。今日挙げた様々な行事の中には、先人たちの願いや思いがたくさん込められています。日々迎えるたくさんの行事の意味を確かめることを通して、より良い暮らしへのヒントが得られるのではないでしょうか。
                       (園長 鬼木 昌之)
\<2020年度>エンジョイスポーツDay号
エンジョイスポーツDay
~キラキラ えがおで たのしもう~
2020年10月8日
 エンジョイスポーツDayへのご協力ありがとうございました。おかげさまで学年ごとのスポーツDayも無事に終えることができました。

 コロナウイルス感染予防対策のため、幼稚園の活動も大きな影響を受けている今年度。例年実施している運動会について、今年は中止にするのではなく、極力子どもたち同士の接触を減らすことや、園庭いっぱいに集まっている保護者の皆様方の密を避けることなど、感染予防を図ることを通して実施できるよう話し合いを重ねながら準備を進めてまいりました。その話し合いの結果、学年ごとに開催すること、園庭の広さや最も多い年中さんの人数から、応援していただく方を一名にするなどの対応をさせていただきました。

 その一方、子どもたち一人ひとりが自分の力を活かしてスポーツに取り組み、力を伸ばしていくことや、その様子を保護者の皆様方に見ていただくことに重点を置き、例年はなかったチャレンジサーキットを学年の成長に合わせて取り入れたり、親子で一緒に体操をしていただいたり、年長の組体操は接触を避けながら集団演技ができるようにしたりと、エンジョイスポーツDayとしてのねらいを確認しながら、それぞれの学年の演目に工夫を加えてきました。 

 幼稚園に入って初めて、お家の方に運動をする様子を披露する年少さん。かけっこやお遊戯(ゆうぎ)、そしてジグザグに走ることやでんぐり返し、うさぎ跳びや平均台渡りをするチャレンジサーキットを見ていただきました。できるかどうかということ以上に、楽しく取り組むことを大切にしながら取り組んできました。ここでの体験が年中、年長に向けて活かされ、力が伸びていきます。

 昨年一度運動会を経験している年中さんは、親子競技の代わりに親子で「ぼよよん体操」の準備体操をしていただきました。かけっこもまっすぐ走るだけではなくトラックを半周することを通して、上手な走り方を学ぶ第一歩を経験しました。またお遊戯でも隊形移動を組み込みレベルアップ。チャレンジサーキットでも平均台が高くなるなど難易度を増しました。

 例年初めのことばやお祈りなどの係を通して活躍の場がある年長さん。今年は運動会ではなくなるけれど、司会の仕事を増やし、さらに開会式の前に入場行進を取り入れ、チャレンジサーキットでも跳び箱を加え、組体操の代わりの集団演技も音楽に乗って演じるなど、活躍の場を広げもっともっと充実したものにできるよう工夫しました。

 各ご家庭お一人しか参加していただけなかったものの、その分だけ応援席にゆとりがあり、写真やビデオの撮影場所も移動していただくことができたり、1学年だけのプログラムでゆったりと進行できたりと、これはこれで良さもあったようでした。その一方、年長さんの立派な演技を見ながら「ぼくも、わたしも、年長さんみたいになりたいな。」という、縦のつながりを体験してもらえなかったことは残念でした。

 新しい時代の新しい行事の第一歩を踏み出した今年のチャレンジスポーツDayに、ご協力いただきありがとうございました。早くコロナウイルス感染が収まり、「今まで通り」の生活が戻ることを願いつつ、元に戻った後も、今年生み出した新たなチャレンジを、新しい時代に向けて組み込んでいくことができたら良いなと思っているところです。 
                   (園長 鬼木 昌之)
<2020年度>10月号
おかげさま
2020年9月25日
 暑い日が続いていた今年の9月。それでも例年通り、秋のお彼岸(秋分の日がお彼岸の中日にあたります)の頃には、各地から彼岸花の開花情報がもたらされ、真っ赤に咲き誇る彼岸花のニュースが届けられました。毎日夏のような日が続いていたのに、土の中で眠っている球根が、どうやって秋分の日を感知するのか本当に不思議なものです。

 今年は土・日曜に敬老の日と秋分の日が続き「シルバーウイーク」になりました。コロナウイルス感染予防のための自粛生活から、政府の「イベント開催制限」が緩和されたこともあり、この4連休は各地の行楽地に多くの人が戻り、久しぶりに渋滞情報を聞くことになりました。それでもまだまだ油断することなく感染予防を図らなくてはいけない日々が続いています。今まで当たり前だった生活が戻ってくるまでは、さらに時間がかかりそうです。

 「当たり前」の語源を調べると「当然」が由来となり「当前」という漢字があてられ、その訓読みから「当たり前」になったそうです。一方、「当たり前」の反対語を調べると、思っていることから外れていること、滅多(めった)にないこと、有ることが難しいということから「意外」や「稀有(けう)」「有難い」が出てきます。さらに、当たり前の事象は、実は有り続けることが難しいことなので、そこに「ありがとう」という気持ちを持つことが大切ですと説いているものも見られました。今回のコロナウイルスの感染状況とその予防対策を振り返ると、確かに今まで当たり前だった生活は、本当にありがたいものだったと感じずにはいられないものです。

 古今東西、多くの人々が自分たちだけの力ではどうしようにもない出来事に出合い、それを乗り越えて当たり前の日々を取り戻してきました。人々はそこには何か大きな力があって自分たちを援けてくれていることを感じ「お陰様」という気持ちや言葉が生まれました。それはすべてのことが自分だけの力で成しとげられるのではなく、神さまや仏様、目には見えないけれど大きなものの陰に入って守ってもらったり、他の人々の援けがあったりしていることへの気付きでした。
しかし、科学技術や医学等の発達で、人類は何でも自分の力だけで解決できると思うようになりました。その流れの中、誰かに援けられているという感覚がだんだん薄れてきている傾向が見られます。

 旧約聖書の中にバベルの塔のお話があります。

「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして、全地に散らされることのないようにしよう」「我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう」主は彼らをそこから全地に散らされたので、彼らはこの町の建設をやめた。(創世記11章4・7・8)

神さまを差し置き、何でも自分だけの力で成しとげることが出来ると思う人々への、戒めになるお話です。

 「人間は一人では生きられない。支え合うのが人だ。」(瀬戸内寂聴)

 自ら進んで困難に立ち向かうことはとても大切なことです。しかし、どんなことでも自分一人の力で成しとげられるものではありません。誰かが自分を支え援けてくれているお・か・げで乗り越えられるのだと気づくことを通して、さらに大きな力を得ることが出来るものです。

 「食べるものや着るものを作ってくれた方のおかげ」「お店の方のおかげ」「病気の治療をしてくださる方のおかげ」「バスを運転してくれる方のおかげ」「友だちのおかげ」「家族のおかげ」「神さまのおかげ」……。日々の生活は多くの方々の「おかげ」で成り立っています。

「おかげさま」いつもいつも、この気持ちを持ち続けることができると、すてきですね。
                        (園長 鬼木 昌之)
<2020年度>9月号
不 便 益
2020年9月1日
 6月に一度収まりかけていた新型コロナウイルスの新規感染者が、7月になって再び増加。ようやくピークは過ぎたものの、まだまだ収束のめどがたたないまま9月を迎えました。これからも感染予防を図りつつ、社会生活を進めていかなくてはならない日々が続いていきます。
 天使幼稚園でも、2学期以降の行事に関して、感染予防対策を講じる中できることを模索しています。今まで通りとはいかず、不自由な中での計画になるものの、子どもたちの成長を図りながら、思い出に残る活動にするためにはどうすれば良いかと、職員全員で知恵を絞っているところです。

 年長組の「お泊り保育」は、宿泊はできないけれど「わく☆ドキ💛サマーDay」として「年長組の友だち同士、夏の1日、共に協力し様々な活動に取り組むことを通して、思い出に残る行事となる」よう、プログラムを工夫し実施しました。また、10月の「運動会」も、学年ごとの開催にするものの「エンジョイスポーツDay~キラキラえがおで たのしもう~」として「スポーツを通して、子どもたちの心身の発達を図ること」にねらいを絞り、子どもたちにとって思い出深いものになるよう準備を進めているところです。さらに秋の遠足も「日ごろとは異なる体験をすることを通して、一人ひとりの知識を深め感性を養うこと」というねらいを達成できるよう、遠くに出かけなくてもできる活動を計画しているところです。

 このように様々な行事が例年通りとはいかないものの、それぞれの行事のねらいを今一度確認することを通して、長い伝統の中で築き上げてきた多くの行事の、根底にあるものを見つめなおすチャンスともなっています。

 先日Eテレの「又吉直樹のヘウレーカ」という番組で「不便益」という内容をテーマに取り上げていました。「不便益」とは、この番組に出演していた京都大学の川上浩司特定教授が大学時代に所属していた研究室の、片井修教授による造語だそうです。

「富士山の頂上に登るのは大変だろうと,富士山の頂上までエレベーターを作ったら,どうでしょう.よけいなお世話というより,山登りの本来の意味がなくなります.ヒットを打てるように練習するのは大変だろうと,だれでも必ずヒットの打てるバットを作ったら,どうでしょう.これも同じですね.」(不便益システム研究所ホームページより)

 番組の中では、又吉さんが初めて卵焼き作りに挑戦。はじめは卵をどっと注ぎ込み厚焼き卵のようになって「これでこれはおいしいですね。」その後、薄く焼いた卵を丸めていく過程を失敗しながら見つけ出し、最後に上手に作りあげて「やっぱり、これが卵焼きですね。」という経過を放送していました。初めから失敗しないように手順を教わるのではなく、自分でチャレンジし、失敗を繰り返しながら出来るようになるところに「発見がある」「楽しさがある」「工夫の余地がある」「主体性がもてる」という「不便益」があるとのことでした。

 このように、不便だからこそ、どうすればできるようになるかと知恵を働かせ、試行錯誤を繰り返しながら新しいものを見つけ出していく。我々人類はそれを繰り返しながら進歩してきました。そこからは「成長」というご褒美が得られました。

 コロナの感染予防のために不便なことが多い今、不便益という視点を活かし、知恵を絞っていろいろな事に挑戦し、「発見」「楽しさ」「工夫」「主体性」を体験しながら、新しいものを見つけ、自らを高めていきたいものです。
                   (園長 鬼木 昌之)
<2020年度>7月号
まなざし
2020年7月16日
 今年は6月にスタートした1学期の保育。例年なら5月ごろに見られる「ようちえんに いかない。」「ママがいい。」と泣いているお友だちが、6月の終わりから7月にかけて見られました。それまでお家の方に見守られ安心して過ごしていただけに、お家の方から離れることには大きな不安があるものです。それでも、幼稚園でお友だちや先生と共に過ごす楽しさを味わったり、お家と同じように幼稚園でも安心して過ごせることが感じられたりするようになると、だんだんと幼稚園に行くことが平気になっていくものです。子どもたちが安心して過ごしている所には、お家の方や先生たちの優しいまなざしがあり、見守られている子どもたちの心の安らぎとなっています。

 そのまなざしは、神さまが人を見るまなざしとも似ています。

  わたしの目にあなたは価(あたい)高く、尊く 
   わたしはあなたを愛し(ている)(イザヤ書42章4)

いつも共にいてくださる神さまは、すべての人ひとりひとりを、善い存在、尊い存在として認め、大切にしてくださっています。

 このような、目には見えないけれど、自分を支え見守っている大きな力があることは、キリスト教徒だけでなく、古今東西、多くの人が感じてきたものでした。平安時代末期に生きた西行法師も
  なにごとのおはしますか知らねども 
   かたじけなさに涙こぼるる(西行)

と、自分を支える何か知らないけれど大きな力があることを感じ、そのありがたさに涙がこぼれるほどだという歌を残しています。

 神さまが私たちを大切にしてくださるように、私たちもまた周りの人たちに優しいまなざしを向けることが求められています。

  あなたに出会った人がみな、最高の気分になれるように、
   親切と慈(いつく)しみを込めて人に接しなさい。
    あなたの愛が、表情や眼差し、微笑(ほほえ)み、
     言葉にあらわれるようにするのです。(マザー・テレサ)

 イソップ物語にある「北風と太陽」の寓話(ぐうわ)のように、相手の心に届く優しいまなざしが、頑(かたく)なな心を和らげていきます。また、

      人の長所が多く目につく人は、幸せである。(松下幸之助)

と、さりげないことだけれど、このようにちょっと視点を変えることを通して、人と人との関わりを大きく変えることができるものです。

  人の苦しみをやわらげてあげられる限り、
   生きている意味はある。(ヘレン・ケラー)

 コロナウイルスの蔓延(まんえん)で、新しい生活習慣が求められ、ゆとりがなくなっている今こそ、優しいまなざしを通して、社会全体が和んでいくことができるようにしたいものです。
                         (園長 鬼木 昌之)
<2020年度>6月号
新しいスタート
2020年6月15日
 例年なら桜やチューリップが咲くころ迎える新年度。今年はコロナウイルスの影響で紫陽花や百合の季節になってようやくスタートの日を迎えることができました。人間社会はウイルスの影響を受けていても、自然の草花はしっかりと季節を刻んでくれています。こうして人々の目を楽しませ、心をいやしてくれる草花ですが、今年は桜を含めて実際に愛でることができない日々が続きました。さらに大勢の観光客が訪れて混雑することをさけるため、もうすぐ満開を迎えるユリの花をみんな摘んでしまったところもあるそうです。今までの日常が戻ってくる日はまだまだ遠く、新しい生活習慣を築いていくことが、今、求められています。 

 新しいことを始めるときの恐れや不安に対して、多くの先人が言葉を残してくれています。

    ☆ もうダメだというときが仕事の始まり(稲盛和夫)
    ☆ 新しいものが始まる。古いものに執着している人たちにとっては、
       新しいものは恐ろしいだろう(ヘルマン・ヘッセ)
    ☆ 耐える心に、新たな力が湧くものだ。全てそれからである。
      心機一転、やり直せばよいのである。
      長い人生の中で、そのための一年や二年の遅れは、
      モノの数ではない。(本田宗一郎)

 これからの未来はどんな社会・世界になっていくのか、子どもたちが大人になった時に必要な力・活きる力とはどんなものか、その力を育てるにはどのよう方法があるのか。すべてが今までの経験だけではなく、物事の本質を見据え、想像力を働かせて未来を見通し、豊かな発想と実行力を発揮し、多くの人々の知恵を出し合って新しいものを築き上げていかなければならない時代が訪れようとしています。

 なかなか一歩を踏み出せない人へのアドバイスも語られています。

    ☆ 私がやらなければ、誰がやるの? 今やらないのなら、いつやるの?
      今叫ばなきゃ。あとではダメ。(エマ・ワトソン)
    ☆ 「できない理由」を考えて「できる会社」を目指そう。(小野守男)

 できる人の思考は常に前向きで、無理だからやめようではなく、どうすればできるようになるのかを考え、成功に導く力を発揮しているようです。 

 その一方、他の人の考えを受け入れることも大切になってきます。

    ☆ 自分だけが正しいと思ったら、破滅が始まります。
       自分の「正しい」をやめる勇気を持ちましょう。(西田文郎)

 ステイホームの期間中、リモート会議を実施したり、ネット通販で買い物をしたり、ネットを利用して情報を集めたり、自ら発信したりすることが増えてきました。天使幼稚園でも、先生たちが子どもたちに向けたブログやYouTubeを発信したりしてきました。新しい時代に向けた情報機器の活用が一気に加速しているようです。ところが、その中で自分だけが正しいと信じる人による、他者を攻撃する意見も数多く見られました。見方や立場を変えると多様な意見が出てきます。自分の信念を持ちつつ、他者の意見を聴き、ともに考えていくコミュニケーション能力も、今、問われています。

    ☆ 神は愛です。愛にとどまる人は、神の内にとどまり、
      神もその人の内にとどまってくださいます。
      愛には恐れがない。完全な愛は恐れを締め出します。
      (ヨハネの手紙一4章16・18)

 今しばらくコロナと共存しながら、互いに人を尊重し合う中、新しいスタートをきっていきましょう。
                       (園長 鬼木 昌之)
<2020年度>5月号
新しい生活様式・新しい価値観
2020年5月11日
 今年は、新型コロナウイルスの感染が広がり続け、東京都知事は「あなたの命を、家族を、大切な人を、社会を守るため、ゴールデンウィーク中も外出を自粛するSTAY HOME週間にしましょう」と呼びかけ、多くの人々がじっとがまんする日々を送ってきました。しかし、連休が終わっても感染の収束のめどが立たず、緊急事態宣言も5月末まで延長されてしまいました。

 このような状況のもと、コロナウイルス対策を話し合っている専門家会議から「新しい生活様式」が提唱されました。それは、感染を防ぐために今までの生活様式を変えていこうという提言です。この感染予防のための過ごし方だけでなく、テレワークやテレビ会議、通信販売や電子マネーの活用など、新しい生活様式への取り組みも見られます。これをきっかけに通勤の在り方や買い物の姿が変わるかもしれません。また、臨時休校が続き学習時間が短くなった子どもたちのために、新年度の始まりを4月から9月に変更する案も出されています。コロナウイルス感染の拡大をきっかけに、今までの生活が大きく変わっていく可能性が出てきています。

 それまでの生活や価値観が大きく変わったという出来事は、近・現代の日本でも何度かありました。150年程前の明治維新。世界とのつながりを絶っていた日本は海外からの多くの文化や制度が流れ込み、人々の生活は大きく変化しました。75年前の太平洋戦争の終結の後も、それまですべてはお国のためにという考え方から、一人ひとりの人権を大切にする世の中へと大きく舵を切りました。そして今回のコロナウイルスの流行。明治維新や太平洋戦争の後のように、今まで少しずつ積み上げてきた生活習慣や経済そして価値観が大きく揺らいでいます。

 人は環境が変わるとき、戸惑い困惑し、不安な気持ちを抱くものです。しかし、明治維新や終戦後、人々はそこから新しい時代に向けて、共に助け合いたくさんの努力を積み上げて新しい社会や価値観を築き上げてきました。そこには苦しみを乗り越えて新しい時代を作っていこうとする、人々の知恵と努力がありました。

 それはイエスさまの死と復活にも似ています。「あなたがたは律法を知らない者たちの手を借りて、十字架につけて殺してしまったのです。しかし、神はこのイエスを死の苦しみから解放して、復活させられました。イエスが死に支配されたままでおられるなどということは、ありえなかったからです。」(使徒たちの宣教2章23~24)

 結核、脊椎カリエス、直腸癌(がん)、パーキンソン病など度重なる病魔に苦しまれた、クリスチャンで作家の三浦綾子さんは「神さまはね、お前が負えないほどの荷物は、決して負わせてはいらっしゃらんはずだよ。つまり、大きな苦難にあっているというのは、神様の側からみると、お前はそれを負うことのできる力のある人間だということではないのかな。この世の偉大な人間で、苦しみにあわなかった人は1人もいない。」という言葉を残されました。

 また「JIN-仁―」というドラマでも主人公・南方仁は「神は乗り越えられない試練は与えない。」ということばを繰り返しつぶやき、さらに昨年2月、白血病を公表した競泳女子日本代表の池江璃花子選手もSNSに、「私は、神様は乗り越えられない試練は与えない、自分に乗り越えられない壁はないと思っています」と投稿していたそうです。

 これらの基になっているのが新約聖書のことばです。
「神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます」(コリントの使徒への手紙一10章13)

 世界中が大きな試練を受けている今、この聖書のことばを信じ、新しい世界に向けて共に歩んでいきましょう。 
                      (園長 鬼木 昌之)
<2020年度>4月号
「未来に生きる力を育てる」
2020年4月7日

 オリンピックイヤーとしてみんなが楽しみにしていた2020年度でしたが、新型コロナウイルスが世界中に蔓延(まんえん)し、混乱のうちにスタートすることになってしまいました。日本でも感染拡大を予防するために緊急事態宣言が出され、天使幼稚園も臨時休園とする中、新年度を迎えました。

 昨年、東京大学の入学式で話された上野千鶴子さんの「これまであなた方は正解のある知を求めてきました。これからあなた方を待っているのは、正解のない問いに満ちた世界です。」という祝辞が話題になりました。また、未来を生きる子どもたちは「今までの経験が役に立たない時代」を生きることになるとも言われています。

 これらのことは、子どもたちが大人になるまだまだ先の時代のことだろうと思っていました。しかし、昨年度「これまでに経験をしたことのないような大雨に注意してください。」というアナウンスや、強い台風のため屋根が吹き飛ばされたシーンを目にし「ここに長く住んでいるけれど、こんなことは初めてです。」というインタビューも何度も聞き、さらに新型コロナウイルスの流行で各種のイベントが中止になったり延期されたりするなど、たくさんの過去に経験をしたことがない出来事が起きました。早くも今までの経験だけでは乗り切ることができず、自ら正解を求めていかなくてはならない時代がやってきているようです。

 スマートフォンをはじめとした情報機器が発達した現代社会、わたしたちは多くの情報を素早く手に入れることができるようになりました。たくさんの情報を上手に活用することによって、より適切な行動をとることも可能になりました。今回のコロナウイルスの拡大状況も、テレビのニュースだけではなく、webを通しても把握することができました。その一方、多くの人が情報を発信することができるようになったため、誤った情報が流れる危険性も増えました。情報化時代の課題である正しい情報を見極める力、そして上手に活用する力が今、求められています。

 また、自分の考えだけが正しいという思い込みから、異なる意見・考え方を持っている人を激しく攻撃する例も見られます。どんなことでも立場や見方を変えると異なった考え方が出てくるものです。それを一方的な見方だけで自分の意見こそが正論だと主張しても、本当の解決にはつながらないでしょう。多くの人の意見を聴きつつ、共に知恵を出し合って、より良い方向を見つけ出していく。そのような多様な見方や、他者を尊重する心、そして多くの人と共に話し合い建設的な方向性を見出すコミュニケーション力も求められています。

 さらに、自分さえよければという行動があったという話も聞こえてきます。マスクを買い占め高額で販売して利益を上げようとする行動や、お店のことは考えず困っている自分を助けるのは当たり前だとクレームを言った人がいた等のニュースも散見されます。自分の権利を主張するだけではなく、他者の権利を見落とさない人間力も試されています。

 このような困難な状況にある中、みんなが知恵を出し合い協力し合うことを通してこそ、新しい未来を築いていくことができるのではないでしょうか。

 今年度は、昨年度の「一歩先に~建学の精神をベースに未来を生きる子どもを育てる~」を土台として「未来に生きる力を育てる~ねらいを明確にして活動に取り組む~」を目標に掲げ、保育内容や行事、活動のねらいをしっかりと考え、子どもたち、そして我々職員、さらに幼稚園の未来に生きる力となるよう取り組んで参りたいと思います。 

 今年度もよろしくお願いいたします。
                    (園長 鬼木 昌之)

<2018年度>夏休みのおたより

変化や不思議を味わう夏休みを

<2019年度>10月号
何もないところから
2019年9月25日
 天使幼稚園では早くお弁当を食べ終わったお友だちは、絵本を読んだりお絵かきをしたりしながらごちそうさまのお祈りの時間を待っています。お絵かきをしているお友だちは、思いのままにクレヨンを走らせて抽象画を描いてみたり、クネクネと線を描き「えんちょうせんせい、このめいろできる?」と話しかけてきたり、かわいいお姫様の絵を描いて見せてくれたりと、一人ひとり、心のおもむくままにお絵かき帳に向き合っています。

 中には真っ白なページを早く使ってしまおうと、線や丸をちょっと描いては別のページに移っている子も。
「えんちょうせんせい、もうかくところなくなったよ。」
「まだ、白いところがいっぱい残っているから、このページに描いてごらん。」
子どもの中には絵を描くことではなく、お絵かき帳を使いきることに重きを置いて遊んでいるケースもあるようです。「お絵かき帳は絵を描くもので、無駄遣いしないよう最初のページから順番に使いましょう。」というのが一般的なおとなの感覚です。でも子どもたちはその感覚とは異なり、独自の使い方や遊び方を見つけ出し楽しんでいるようです。

「えんちょうせんせい、ポケモンのなまえしってる?」
その後ろから担任の先生が
「園長先生には難しいんじゃないの?」
と声をかけてくれました。
「ピカチューだけは知っているけれど、その他はわからないなあ。」
「じゃあ、ピカチューのしんかけいの○○は?」
もう、全くついていくことができません……。子どもたちの周りにあふれている様々なキャラクターや遊び道具。プロの業者によって作り出されたこれらのものに、子どもたちが引きつけられていくのは必然的なことでしょう。

 その一方、たとえそのようなおとなが準備したおもちゃ等がなくても、遊びを作り出すことが出来るのも子どもたちの特性です。

 春の遠足で砧公園に行ったとき、広い芝生を駆け回ったり、低く伸びた木の枝に登ってみたり、地面から2mほどのところにある木の洞(うろ)に小枝を投げ込んでみたり……。そこにおもちゃなどはなくても、子どもたちは遊びを創り出し楽しんでいました。先週あるクラスの担任が「園長先生、見てください。電車が好きな年長の男の子が、モンテッソーリのお話絵本作りの用紙を使って、電車の図鑑を作ったんですよ。」と、電車の絵を描きそれぞれの電車の特徴をまとめた“電車絵本”を見せてくれました。その内容を読むと、電車好きならではの話題が満載!自分が興味を持っていることを活かし“電車絵本”を作ったその姿に感心したところでした。

 未来を生きる子どもたちにとって大切な力のひとつ。それが「何もないところから何かを生み出すことができる力」です。今、子どもたちの周りには、テレビやキャラクター商品、スマホなどのゲームが満ち溢れ、子どもたちはそれらを使って楽しそうに遊んでいます。でも、それらがなくても遊びを創り出すことができる子どもたちに、多くの物を与えすぎ「何かを生み出すことができる力」を発揮させないことは、とてももったいないことだと常々感じています。

 毎月皆様にお届けしている「園長だより」。これもまた、何も書いていない真っ白なワードの画面に向かい、キーボードを打つうちに、一つのメッセージが完成します。今月の園長だよりも、昨日の午後、書くことが決まらないまま、最近の子どもたちの様子やふれあいを思い出しつつ書き始め、今日の午前中に完成しました。何もないところに文章が連なり、メッセージが完成するのはなかなか楽しいものです。

 子どももおとなも、「何もないところから何かを生み出す喜び」を味わうことができる日々を送ることができると素敵ですね。
                    (園長 鬼木 昌之)
<2019年度>9月号
スマイルシンデレラ
2019年9月3日
 今年の夏、渋野日向子さんが全英女子オープンで日本人2人目のメジャー優勝を成し遂げました。42年前に全米女子プロ選手権を制した樋口久子さん以来とのこと。いつも笑顔を絶やさない渋野さんは「スマイルシンデレラ」と呼ばれ、その笑顔がテレビにもあふれていました。小学校2年生からゴルフとソフトボールを始めた渋野さんは、その当時はミスをするとよく泣き、中学1年生の時のゴルフの練成会では思うようにスコアが伸びず、ふてくされたりイライラしたりしていたそうです。でも、なぜ自分が注意されているのかが分かるタイミングで叱ってもらい、その夜、家族と一緒にそのことについて話し合った結果、感情を抑えることの大切さに気付いたそうです。

「前は喜怒哀楽を表に出していました。でも、それだとスコアが悪いと気づき、今は何があっても笑っていれば何とかなると思っています。今日の勝因?やっぱり笑顔ですかね。」(渋野日向子)

 脳科学の発達で科学的にも笑顔の効果が明らかにされています。笑うことを通して学習をつかさどる海馬に血流が巡り記憶力がアップする。笑うことでアルファー波が出てリラックスすることができる。笑顔を作ることで幸福ホルモンであるセロトニンの分泌量が増え、コルチゾールやアドレナリン、ドーパミンなどのストレスホルモンを減少させる。これらの結果、免疫力がアップしたり、脳が活性化したり、ポジティブ(プラス思考)になったり、アンチエージングに役立ったりしているそうです。

 また怒っている時、落ち込んでいる時ほど笑顔が必要だとSr.渡辺和子さんは教えてくれています。

「微笑みを忘れた人ほどそれを必要とする人はいない。相手の出方に左右されることなく私の人生を笑顔で生きるということ。」(Sr.渡辺和子)

今話題になっているあおり運転をしている人にも、ぜひ聞かせたい言葉です。

 笑顔は自分を高めるだけではなく、周りの人も巻き込んでいきます。

「泣いている人、困っている人、お腹がすいた人、みんな僕の顔を食べると、ニコッと笑顔になるんだ。その笑顔を見るとね、嬉しくて僕も自然に笑顔になる。」(アンパンマンのせりふより)

 自分が笑顔でいることだけではなく、周りの人を笑顔に導いていくことができるようになると、その笑顔がさらに昇華されていきます。

「親切で慈しみ深くありなさい。
あなたに会った人がだれでも前よりももっと気持ちよく明るくなって帰るようにしなさい。
親切があなたの表情に、まなざしに、ほほえみに、温かく声をかける言葉にあらわれるように。
子どもにも貧しい人にも苦しんでいる孤独な人すべてに
いつでもよろこびにあふれた笑顔をむけなさい。
世話するだけでなくあなたの心をあたえなさい。」(マザー・テレサ)

 アンパンマンもマザー・テレサも自分に与えられた力を、周りの人のために役立てたいという強い信念のもと行動し、それを通して人々から笑顔を引き出すことにつながっています。世界中のすべての人が、周りの人を笑顔にしたいという気持ちで行動すると、世界中に笑顔があふれることでしょう。笑顔の連鎖を、先ずは身近な天使幼稚園から広げることができるよう、みんなでこころがけていきたいものですね。

「笑顔は買うことも、強要することも、借りることも、盗むこともできない。無償で与えて初めて値打ちが出る。」(デール・カーネギー)
               (園長 鬼木 昌之)
<2019年度>夏休み号
興味関心を広げる夏休みを
2019年7月16日

 お弁当の時間、クラスを回り子どもたちとお話をしていると、いろいろなことを教えてくれます。
「ねえ、園長先生。レッドとブルーとイエローとグリーンとピンクのレッシャーが合体したらトッキューオウになるんだよ。」
と男の子が教えてくれていると、今度は女の子が、
「わたしのスプーンいれ かわいい?これがシンデレラで、これがアリエルで、これがラプンツェルでこれがエルサ。この雪だるまはオラフ。」
これに限らず、子どもたちは自分が好きな電車や恐竜、また様々なキャラクターなど、おとながついていくことができないくらいたくさんの名前を知っています。興味があることに関して発揮するその記憶力、おとなも少しは分けてほしいほどです。

 今、日本の子どもたちの周りには多くの玩具があふれ、テレビ番組でも子どもたちの興味を引きつけて、常に新しい玩具を買いたくなるように、次から次へと新しいキャラクターやグッズを登場させています。子どもたちが喜ぶならば、あるいは他の子どもたちが持っているなら同じものを与えてあげようと、求める物を次々に買ってあげる家庭も数多く見られます。そしてたくさんの物をもらった子どもたちは大喜びでそれを使い、記憶力を発揮してそれらの名前や機能を覚え楽しく遊ぶことができています。

 子どもたちが持っている素晴らしい記憶力は知識へとつながります。その力をこのようなキャラクターなどを覚えることだけに使ってしまうのはもったいないものです。

 先週の火曜日、体操教室やチアリーディングのお迎えの時間、子どもたちや保護者の方が掲示板横の花壇をのぞき込んでいました。何かなと思って行ってみると、セミの赤ちゃんがサナギから出てきたところでした。出てきた時は逆さまだったけれど、足を伸ばし殻(から)につかまって上を向き、畳(たた)まれていた緑色の羽が少しずつ伸びていきました。その様子を見ている子どもたちの目はキラキラ輝き、これからどうなるのかなと興味津々(きょうみしんしん)見つめていました。この羽が硬くなり茶色に変わると、空に向かって飛び立ちます。でもセミが飛び立つまではまだ1~2時間以上かかるので、残念ながら飛び立つところまで見ることはできませんでした。

 先週の木曜日には「はやぶさ2」がリュウグウに再着陸し、岩石の採集に成功しました。これを持ち帰ると生命の誕生や太陽系の成り立ちについてさらに研究が進むといわれています。

 このように少し視野を広げると、私たちの周りには自然の出来事や科学的な事象が数多く取り囲んでいることが分かります。子どもたちの視線をちょっと誘導してあげると、子どもたちは自然や科学の世界が持つ不思議さや偉大さ、おもしろさに引かれ、興味関心を広げていくことができるものです。そして自分が興味を持ったものをもっと深く知ろうとする探究心が、一人ひとりの子どもたちの知識や可能性を広げる原動力となっていきます。

 これから長い夏休みが始まります。幼稚園に通わないこの期間は、子どもたちが数多くの未知の体験をする大きなチャンスでもあります。自然といっぱいふれ合ったり、知的好奇心を高められるような科学館などを訪ねたり、日常生活の中ちょっとした出来事から「なぜ?どうして?どうなっているの?」という疑問をふくらませたりしながら興味関心を広げ、未来につながる力を育むことができるよう、周りのおとなが心配りをしてあげられるといいですね。良い夏休みをお過ごしください。
                      (園長 鬼木 昌之)

<2019年度>7月
自己肯定感を育む
2019年6月21日
 先週の父の日の集いは、雨の中おいでくださりありがとうございました。外での体操やゲームはできなかったけれど、それぞれのお部屋で一緒に体操をしたり“たかいたかい”をしてもらったりしている子どもたちの顔からは、いっぱいの笑みがこぼれていました。子どもたちにとって、こうして自分と深くかかわり大切にしてくれる人の存在は、とても心地よくうれしいものです。

 父の日の集いでお話ししたように、現代社会において「自己肯定感」の大切さが改めて見直されています。年中・年少さんの保護者会で紹介した「子どもが育つ魔法の言葉」(ドロシー・ロー・ノルト)の中に「子は親の鏡」という詩が載っています。

  「誉めてあげれば、子どもは、明るい子に育つ
    愛してあげれば、子どもは、人を愛することを学ぶ
     認めてあげれば、子どもは、自分が好きになる」(一部抜粋)

 自分を育ててくれている周りのおとなに、全幅の信頼を寄せ成長している子どもたちにとって、周りの人の優しさに包まれ安心して過ごしていることが「自分は愛されている、掛け替えのない大切な存在なのだ」という「自己肯定感」につながっていきます。

 さらに「自己肯定感」を育むためには、このように子どもを愛し、誉めたり、認めたりすることと同時に、子ども自身の「自己決定力」が欠かせないという研究があります。何もかも周りの人がお膳立てし、自分で決めることを奪われた子どもは、本当の意味での自分の良さに気付いたり、発揮したりするチャンスを失ってしまうというものです。それはモンテッソーリ教育の理念のひとつ「自分で選び」「こころ行くまで取り組み」「できたという達成感を味わう」ことにもつながっています。

 「頑張るとしたら自分の限界。
   その時に、自分の中でもう少しだけ頑張ってみる、
     ということを重ねていってほしいと思います。」

 これはイチロー元選手が、野球大会で子どもたちに贈ったことばです。子どもたちが成長するためには、壁を乗り越える体験も必要です。でも、その壁は決して乗り越えられないような高いものではなく、自分の今の限界を少し上回り、自ら進んで挑戦することで乗り越えることができるものであることが、その子の力を伸ばす原動力になります。そして、その壁を、自らの意志で挑戦して乗り越え、それを周りから認められることを通して「自己肯定感」を高めていくことができるものです。

 「自分が生きていく上での参考書、
   自分を肯定し、常に激励してくれる人を持つということ、
     これは人生をより豊かに、 
  幸福に満ちたりたものにする秘訣ではないか」
             (井深 大:ソニーの創業者の一人)

 子どもへのこころ配りだけでなく、私たちおとなも互いの良さを認め合い、共に「自分は掛け替えのない存在なんだ」という「自己肯定感」を持つことができるつながりを深めていくことが出来ると素敵ですね。
                (園長 鬼木 昌之)
<2019年度>6月
風にのせて
2019年5月27日
 今年の春の親子遠足もお天気に恵まれ、砧公園で楽しく過ごすことができました。その1週間前の週間天気予報では、雨マークがついていたので心配していていましたが、「最近、砧公園への遠足の日、お天気が悪かった記憶はないから大丈夫だと思いますよ。」という、ベテランの先生の予言?通り、絶好の遠足日和となりました。

 風薫る五月ということばがあるように、若葉が芽生え、その香りが漂うさわやかな風を感じることができるのもこの季節です。今年の遠足も心地よい風を感じながら、みんなと一緒に楽しい時間を送ることができました。その一方、先週の火曜日は久しぶりの強い雨に加え、ちょうど朝のドライブの時間に激しい風が吹きぬけ、お迎えをしていた私がさしていた傘が壊れてしまいました。このように、あるときは優しく、あるときは厳しく私たちの周りに吹いている風。

「風がどこから」という聖歌があります。

 ♪ 風がどこから 吹いてくるのか 人はだれも知らない
      愛を呼び覚まし 心を潤し いつの間にか 
         わたしの中を 吹き抜けてゆく
   それは気高い キリストの思い 
      どこへ風は吹いてゆくのか 誰も知らない。♪
                    (典礼聖歌386番 作詞 菅野 淳)

 ここに歌われている“風”はいつも私たちと共にいてくださり、私たちを導いたり援けたりしてくださる神さま「聖霊」を示しています。聞きなれない「聖霊」という呼び方ですが、天使幼稚園でも、お祈りの初めや終わりに「御父(ちち)と御子(こ)と聖霊のみ名によって。アーメン。」と唱えるなど、さりげなく幼稚園の生活の中に入りこんでいます。

 人としてお生まれになった「“御子”イエス・キリスト」の姿は馴染み深いものですが、神さまは本来その姿を見ることはできません。でも人々に神さまの力を分かりやすく伝えるために「天地の創造主である“御父”」は威厳あるひげを生やした老人の姿で描かれることが多く見られます。一方、「聖霊」は聖書の中では「鳩のような姿(イエスの洗礼)」や「炎のような舌(聖霊降臨)」そして「風」あるいは「息」として描かれています。

 平和のシンボルともされる「鳩」の姿は、聖霊の力の素直さや無垢であることを示し、また「炎」は、人々の心を燃え上がらせ、「舌」は神さまのことを力強く人々に伝える力を与えることを示しています。

 そして「風」。「風がどこから」にも歌われているように、聖霊=神さまはいつも私たちと共にいて、あるときは優しく心をいやし、あるときは強く励ましたり道を示したりしてくださっています。でも、多くの場合人々はそのことに気付かず、困難なことを自分ひとりの力で乗り切ろうとしたり、成功したことを自分だけの力で成し遂げたと思ったりしがちになるものです。「人はだれも知らない」というフレーズは、「ねえねえ、ちょっと気をつけて感じてごらん。いつも神さまがあなたと共にいてくださるんだよ。」ということを教えてくれています。

 今年この「園長だより」に「風」というタイトルをつけました。それは、毎月一回こうして皆様に伝えるメッセージが、神さまの働きのように、皆様方の心に、ある時はそよそよと、ある時は力強く伝わってほしいという願いを表しています。小さなたよりではあるけれど、少しでもみなさんのお役にたつことができれば幸いです。

 ♪ あなたの いきを 送ってください
     すべてが 新たに なるように ♪(典礼聖歌5番 作詞:佐久間 彪)
                        (園長 鬼木 昌之)
<2019年度>5月
あなたたちのがんばりを
2019年4月24日
 先日行われた東京大学の入学式での上野千鶴子さんの祝辞が話題になっています。
「あなたたちは、がんばれば報われると思ってここまで来たはずです。ですが、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。」
と、大学合格者の男女比などを例に挙げ、社会には不公平なことが数多く存在することを学生たちに伝えました。

 そして「世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと…たちがいます。がんばる前から、『しょせんおまえなんか』『どうせわたしなんて』とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶(おとし)めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。」
と、弱い立場の人たちのことを思い、他者のために自分の力を役立ててくださいと呼びかけられました。

 さらに「そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。女性学を生んだのはフェミニズムという女性運動ですが、フェミニズムはけっして女も男のようにふるまいたいとか、弱者が強者になりたいという思想ではありません。フェミニズムは弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想です。」
と、ありのままの自分や他者を受け入れることの大切さを教えてくださいました。

 上野さんは女性学の立場からこのお話をされましたが、その中心にある思いは、今から2000年前、私たちに大切な掟を示してくださったイエスさまの教えと同じものでした。

 「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。」(ヨハネによる福音書第13章34節)
イエスさまは常に弱い人に目を向け、助けてくださいました。そして人々にもイエスさまと同じように、弱い人を大切にしなさいという新しい掟を示してくださいました。

 また、「キリストにより、体全体は、あらゆる節々が補い合うことによってしっかり組み合わされ、結び合わされて、おのおのの部分は分に応じて働いて体を成長させ、自ら愛によって造り上げられてゆくのです。」(エフェソの信徒への手紙4章16節)
と、イエスさまにつながった私たち一人ひとりは、それぞれが異なる役割を担った掛け替えのない存在であり、互いに助け合っていくことが素晴らしいことなのですということを教えてくださいました。

 上野さんは、最後に
「これまであなた方は正解のある知を求めてきました。これからあなた方を待っているのは、正解のない問いに満ちた世界です。」
と、これからの学び方を示して祝辞を終えられました。未来を生きる子どもたちのみならず、私たち大人も、自分の「がんばり」を、人のために使える社会にしていきたいものです。
                        (園長 鬼木 昌之)
<2019年度>4月
一 歩 先 に
~建学の精神をベースに未来を生きる子どもを育てる~
2019年4月9日
 天使幼稚園は創立から73回目の春を迎えました。いち早く満開になった東京の桜は、その後、気温が低い日が続き、長く見ごろを保ってくれています。その桜が咲き誇る中、新しい元号は「令和」とすることが発表されました。出展は万葉集の「初春の令月(れいげつ)にして気淑(よ)く風和(やわら)ぎ、梅は鏡前(きょうぜん)の粉(こ)を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香(こう)を薫(かお)らす」からでした。「令」には令息・令嬢などにも用いられるように「良い・立派な」という意味があり、外務省は海外に向けて「Beautiful Harmony=美しい調和」という意味だと説明しているそうです。

 新天皇陛下の即位に新元号と、今年はいつも以上に新しい時代の訪れが感じられる春となりました。

 そのような新しい時代に向け、天使幼稚園では「初心・笑顔・チャレンジ」「ステップアップ~ねらいの確認とふり返りを通して~」を目標に掲げて取り組んできたこの2年間のあゆみをベースに、今年度は「一歩先に~建学の精神をベースに未来を生きる子どもを育てる~」を目標に掲げました。「一歩先に」には、昨年よりさらに一歩先に進もうという思いと、時代の一歩先を見据えていこうという思いを込めています。そして、今一度、天使幼稚園の建学の精神をふり返り、その歩みを堅固なものにしたいという願いを込めています。

 1930年代(昭和初期)世界恐慌などの影響で混乱していた日本の中で、親がいなくなったり捨てられたりした子どもたちのため、奄美大島で聖心愛児園をスタートさせたガブリエル神父様は、その後、東京に活動の拠点を移し、1938(昭和13)年、孤児たちのお世話をするお告げのフランシスコ姉妹会を創立しました。そして戦後間もない1947(昭和22年)には、久が原の地域の方々の要望を受け、天使幼稚園を設立しました。お告げのフランシスコ姉妹会や天使幼稚園の設立の根幹にあるのは、13世紀にイエスさまの教えを忠実に生きた、アシジの聖フランシスコの「貧しい人のケア」「自然の保全」「平和の追求」という精神でした。天使幼稚園もその精神を土台にし、園のことばに掲げた
 「イエスさまのように 神さまにしたがう よい子ども 
   マリアさまのように やさしいこころ 
     いつもなかよく 明るいこども」
を目標に、子どもたちを育ててきました。

 時代が変わり「令和」になっても、この根幹にある理念は変わるものではありません。ただ、移り行く社会環境の中で、具体的な取り組みは変化していきます。設立当時は1年保育が当たり前だった幼稚園も、今では3年保育が中心になり、さらに未就園児クラスもできました。多くのお母さんがお家にいらっしゃる時代から、働くお母さんが多くなる時代に変わってきました。さらに、世界とのつながりが深まり、ICT(情報科学技術)などの発達によって生活スタイルが変わり、学校での学び方も大きく変わろうとしています。

 このように変化する時代の中で、「聖フランシスコの精神を生きたガブリエル神父様が、今いらっしゃったら、どのような幼稚園にしていこうと思われるか」という創立者の思い、建学の精神を大切にしながら、未来を生きる子どもたちに必要な力を養っていく1年にしていきたいと思っています。

 今年度も1年間、どうぞよろしくお願いいたします。 
                        (園長 鬼木 昌之)